補聴器は複数人の会話が苦手?

補聴器の試聴期間が進むと、家の中から外へと活動範囲を広げることになります。
比較的静かな環境である家の中とは違い、外にはさまざまな音があふれています。それによりご自身にとって不要な音、不快な音も増えていきます。
特に、会社や趣味の場所など、人数が多く騒がしい場所で会話をするときに、「人の声が多くてうるさい」「誰が何を言っているのか分からない」とお困りになる方が多いようです。

実は、このようなことは補聴器を装用していると当然起きる状況でもあるのです。
では、なぜこういったことが起こるのでしょうか。その対応も合わせて説明していきます。

「きこえ」と「ききとり」

補聴器のお話の前に、まず、混同しがちな「きこえ」と「ききとり」の違いについて理解を深めてみましょう。

難聴になると、小さな音や高い音がきこえづらくなってきます。その次に問題となってくるのが、「何かを言っている」のはわかるが、「何を言っているの」かわからない、ということです。
たとえば、テレビのアナウンサーの話はよく分かるのに、家族が何を話しているのかが分からない、というような場合です。

会話は人によってスピードも、声の出し方も、言葉づかいや方言もすべてが異なり、繊細で難しいものです。そのため、きこえづらさを感じてきたときに補聴器を装用し、耳に音をしっかりと入れるようにすることは、非常に大切です。

ただ、「よくきこえる」からといって、「よくききとれる(理解できる)」とは限りません。
環境音も機械音も、楽器の音も、人の声も、さまざまな音は耳に入ってきた時点では、区別されない聴覚的な情報でしかありません。その情報を脳が受け取ることによって「音」になり、さらに高度に処理されることで「車のエンジン音」や「オーケストラの音楽」、「関西弁の漫才」言葉と言う具合にラベリングされ、認知されるのです。
それが音の「ききとり(理解)」ということです。

「きこえ」と「ききとり」は異なるものであり、そのうち補聴器がカバーするのは「きこえ」の部分です。補聴器を使うだけで以前のように楽に会話できるようになる、ききたい音を区別してきくことができるようになる、と誤解されがちですが、それはきこえとききとりをひとまとめに捉えているためです。


きこえを補聴器まかせにしない

前回のコラムでもご説明したとおり、補聴器のはたらきとは、「マイクロホンから入ってきた音をきこえに合わせた音に加工し、ききやすい音にしてイヤホンから出力し、きこえを補う」ということです。
そして、よりよいきこえやききとりが必要になる「人との会話」において最大限に補聴効果を発揮するよう開発されています。
そして、装用する人それぞれに合わせて調整をし、補聴器の音に慣れていくことにより、もうひとつの耳として生活するうえでなくてはならないものとなっていきます。

補聴器はあくまで「聴力を補う器械」であり、加齢等で傷ついた耳の中の細胞を修復してくれたり、脳の活動を活発してくれる、というはたらきはありません。たくさんの音の中から自分がききたい音や会話を選別し、その内容を理解するためには、それぞれのきこえに合わせて調整された補聴器を装用したうえで、たくさんの音の中から「自分が」ききたい音を選別し、ききとる工夫をする必要があります。

補聴器はつけて終わりではありません。きこえを補聴器まかせにしすぎていないかどうか、一度確認してみましょう。


難聴と「カクテルパーティー効果」

人と会話する距離は1m程度であることが多いことから、補聴器は、1m程度の距離で向かい合う人との一対一の会話において効果が最も発揮されるよう開発され、調整されます。
よって、複数人との会話がどうしてもきこえづらい環境になってしまうことは否定できません。距離が離れると補聴器に入る音は小さくなり、たくさんの声や周囲の音も同時に入ってくるため、余計にききとりにくくなってしまうからです。

そういった騒がしい環境下でも、自身が興味・関心がある話題は自然とききとれるという「カクテルパーティー効果」という心理効果があります。

カクテルパーティー効果の仕組みについて、正確に解明されていない部分も多くありますが、実証実験では人間の脳は自分が関心のある音声情報を無意識に選択し、関心がない音声情報はきき流していることが判明しています。

具体的には、耳に入った音が電気信号に変換され脳で情報処理される際、左右の耳で音源の位置を特定し、周波数ごとに分類し、必要な音だけを選択して情報処理を行っているのではないかと言われています。また、必要な情報を片耳に集めて聞いているのではないかとも言われています。

ちなみに、視覚でも同じような現象があることにお気づきでしょうか。
例えば人混みの中で待ち合わせをした友人の姿をさっと見つけることができたという経験は、どなたでも覚えがあるかと思います。
あらかじめ自身の希望する対象や関連する言葉などを意識しておく、ということは、聴覚や視覚と脳をスムーズにつなげることに役立つ、ということがお分かりいただけるのではないでしょうか。

しかし、その便利な効果は難聴になると弱くなる、または機能しなくなると言われています。当然ながら補聴器を装用してもその効果を補うことはできません。そこで、たくさんの声の中から自分自身でききたい声を選択できるよう、話し手により意識を向ける「きく姿勢」をあらためて整えてみましょう。

◎補聴器装用中の「きく姿勢」

○適切な距離(1m)で、なるべく正面で会話をする
○音声だけでなく、口元の動きも見る
○話者に視線を向ける
○話者が自分を呼ぶ名前や呼びかけのサインを意識する

補聴器の両耳装用効果

より具体的にカクテルパーティー効果を補う方法があります。それは「補聴器を両耳に装用」することです。

視力を補うメガネは左右の目に合わせてレンズが2枚あります。それと同様に、聴力を補う補聴器も左右の耳どちらにも装用するのが基本となります。
左右の聴力差や耳の持病などで片耳しか装用できない場合もありますが、実際に補聴器を両耳装用するほうが満足度が上がる、というデータが発表されています。

補聴器を両耳装用したときの主な効果は以下のとおりです。

①騒がしい環境でもききとりやすくなる

人数が多く騒がしい場所では、きこえが悪くなっていない人でもききとりが難しくなるものです。補聴器を装用した場合でも、片耳装用では思うようにきき取れないと感じることもあるかと思います。

左右の耳から入って来る音の情報は、それぞれ少しずつ違います。正面にいる人の声は、左右の耳には同じように届きますが、例えば右から近づいてくるトラックの音は、右耳と左耳で若干違う情報になります。
特に、補聴器が片耳装用の場合は、非装用耳の方向から雑音が入ってきてしまうと、ききたい音が騒音にかき消されてしまいます。補聴器を両耳に装用することにより、脳が両耳からの音の情報の差を処理し、雑音と必要な音をより効率よく選別し、必要な音や会話に集中することができます。

②音がする方向や距離感をつかみやすくなる

両耳に補聴器をつけると、音の方向や距離をより正確に感じ取ることができます。
左耳は主に右脳、右耳は左脳へ音の情報を送ります。左右の脳がその情報を分析・統合することで、音の発生源や距離を判断します。この仕組みによって、音がどちらの方向から来ているのかを判断することができます。

誰かに呼ばれたときにも、方向がわかるとすぐに応答できます。大勢の会話だけでなく、例えば歩行時の急な自転車や車の接近のように、屋外での危険を避けるためにも音の方向や距離感をつかめることは重要な感覚となります。

③疲れにくく、はっきりといい音に感じる

「きく」という作業は、元々両耳で行うものです。そのため、片耳だけで両耳分の音の情報を得ようとすると、その耳にはより大きな負担がかかります。
片耳装用の場合、音量に物足りなさを感じ音を大きくする場合もあります。そうなると耳は大きな音をきき続けることになってしまい、疲労感も大きくなります。

補聴器を両耳に装用すると、「両耳加算効果」というはたらきにより、片耳できくより音を大きく感じることができます。聴力により変動はありますが、平均約6dB大きくきこえるというデータもあります。
また、「ステレオ効果」により音に立体感が出て音質が向上します。

④片方の耳がきき逃しても、もう片方の耳で情報を補える

先述したように、左右離れた場所にあるそれぞれの耳からが集めた音を脳が処理することで、様々な情報を得ています。片方だけが良くきこえるようになったとしても、情報全体としては不足している状態であり、脳は正しく音を処理することができません。きこえを補うのであれば、左右均等に補うということが基本であり、負担の少ない状態であると言うことができます。


片耳装用が選ばれる場合

ただし、場合によっては両耳装用が難しい場合もあります。主に以下の3つのケースです。

◎片耳装用を選ぶ場合

○軽度(25~39dB)~中等度(40~69dB)の片耳難聴の場合
○両耳の聴力差が大きい場合
○予算的な問題がある場合

いずれの場合でも、専門家に相談のうえご検討いただくことが必要です。

補聴器装用者以外ができるサポート

複数人での会話のしやすさにおいて、補聴器ユーザーと会話をする側の立場からのサポートが非常に重要となることは、実はあまり知られていません。
それは、「補聴器を使っているからきこえるはず」「補聴器を装用すれば大丈夫」という誤った認識のもと、補聴器を装用しない方もがきこえを補聴器まかせにしてしまっているからです。

補聴器はあくまできこえを補う器械であり、万能ではない、ということを誰もが前提として理解しておくことが、補聴器ユーザーとのコミュニケーションの基本となると言っても過言ではありません。

大勢の人との会話や騒音が激しい場所での会話は、きこえづらさを感じていない方でもききとりにくくなるものです。ということは、難聴の方の場合、さらに会話やききとりが難しくなることは容易に想像できます。
「多人数の会話や騒々しい場所での会話は、難聴の方にとってより難しい場面である」ということを念頭において会話してみましょう。

また、最近の補聴器はサイズが小さくなっているため、一見すると補聴器を装用していることが分かりにくい場合があります。会話の途中で気づくこともあるかもしれません。
きこえに関係なく、ちょっとした話し方の工夫と思いやりがあるとお互いにうれしいものです。以下のようなサポートが補聴器を装用する方への手助けになります。

◎補聴器を装用していない人ができるサポート

○騒がしい場所からできるだけ静かな場所へ移動する
○ゆっくり、はっきりと話をする
○補聴器を装用している耳元に大きな声で話しかけない
○適切な距離(約1m)で相手の顔を見て話しかける
○呼びかけの言葉を使う 例)「ねえ、○○さん(名前)」

補聴器は複数人の会話が苦手?◆まとめ

複数人の会話をうまくすすめるために、補聴器を装用する方は「きく姿勢」をあらためてみたり、補聴器の両耳装用を検討してみたりするとよいでしょう。
また、補聴器を装用する方と会話をする方のサポートがあるのとないのでは、コミュニケーションの取りやすさが大きく変わってきます。
補聴器の装用の有無にかかわらず、補聴器のはたらきを理解し、「きこえを補聴器まかせにしない」ことが大切です。

投稿者プロフィール

髙橋 義和
髙橋 義和
認定補聴器技能者。30年に渡る補聴器メーカー勤務の経験をもとに、『距離も気持ちも近くて安心、信頼できる補聴器専門店』
として、住吉大社のほど近く、粉浜商店街にある補聴器専門店として日々精進しております。趣味はクラシックギター、特技は書道。